“それ”は“それ”であり、 “それ”以外の何ものでもないが 本質を見抜くまでは、 “それ”が何であるかは、 なかなか見えない
しかし、いちど認識できれば “それ”は、どこから見ようが、 “それ”であることを確認できる。 つまり、本質を認識できれば、 見方には大きな自由が生まれる。